前のページに戻る 
● J.R.R.トールキン John Ronald Reuel Tolkien
1892年1月3日 - 1973年9月2日
イギリスの作家、言語学者。
オレンジ自由国(現在は南アフリカ共和国の一部)のブルームフォンテンで、イギリスの銀行支店長アーサー・トールキンと妻メイベル・トールキン(旧姓サフィールド)の間に生まれる。
トールキン家の故郷は現ドイツのザクセン州で、イギリスに渡ったのは18世紀頃。
苗字Tolkienは、Tollkiehn (ドイツ語の tollkühn "無鉄砲")を英語化したものである。『The Notion Club Papers』に出てくるRashbold教授はこの名前のもじりである。1894年2月17日生まれのヒラリー・アーサー・ロウエルという弟が一人いる。 3歳の時、アフリカの気候を好まなかった母メイベルと共にイングランドに移る。最初に滞在したのはBag End農場の親類のところだった。この地は後にトールキンの作品に登場するホビットの家「袋小路屋敷(Bag End)」の着想を与えたと言われている。
その後父アーサーは家族と合流する前に脳溢血で倒れ、南アフリカで他界。家族の収入が無くなってしまったので、母は彼女の両親としばらく住むためにバーミンガムに行くことを決心し、1896年にはセアホール(現在はバーミンガムの一部)に移った。トールキンはセアホールの水車小屋やMoseley Bogの探索を楽しんだようで、この地での経験もやはりその後の作品に影響を与えたと思われる。 母は息子たちの教育に熱心で、トールキンはラテン語を4歳までには読めるようになり、やがてすぐにすらすらと書けるようになった。その後かれはバーミンガムのキング・エドワード校、セント・フィリップス校、そしてオックスフォードのエクセター学寮に進む。 1900年、母はバプテストであった親戚の猛烈な反対を押し切ってローマ・カトリックに改宗。その母が1904年、トールキンが12歳の時に糖尿病で亡くなった。トールキンは母が信仰の殉教者であったと思うようになった。この出来事はトールキン個人のカトリックへの信仰に深い影響をもたらしたようで、トールキンの信仰がいかに敬虔で深かったかということは、C・S・ルイスをキリスト教に改宗させた際にもよく現れている。またかれの作品はキリスト教の価値を表現し、多くのキリスト教の象徴主義を含んでいるとも言われる。 孤児となったトールキンを育てたのは、バーミンガムのエッジバーストン地区にある、バーミンガムオラトリオ会のフランシス・シャヴィエル・モーガン司祭であった。司祭の庇護の下、トールキンはPerrott's Follyとエッジバーストン水道施設のビクトリア風の塔の影に住むことになった。この頃の住環境は、かれの作品に登場する様々な暗い塔のイメージの源泉となったようである。 フォークナー夫人の家に下宿していたころ、後に作品内のヒロインとして登場したルーシエンのモデルとなるエディス・ブラットと出会い、多くの反対に遭いながらも1916年3月22日に結婚。 幼いころからその風景に憧れていたというイギリス南西部のコーンウォール地方がある。かの地を1914年に訪れたかれに、その独特な海岸線や海の様子は深い感銘を与えたという。1915年に優秀な成績で英語の学位を取りオックスフォード大学を卒業した後、第一次世界大戦にイギリス陸軍士官として従軍。ランカシャー・フュージリア連隊の第11大隊に少尉として所属。かれの大隊は1916年にフランスに移動し、ソンムの戦いの間通信士官として、10月27日塹壕熱を患うまで勤め、11月8日イギリスに戻った。スタッフォードシャーGreat Haywoodで療養していた間に、後に『失われた物語の書』と呼ばれるものについての着想が芽生え始めたとされる。
戦後最初の民間の仕事は、オックスフォード英語辞典の編纂作業だった(中でも「スズメバチ(wasp)」と「セイウチ(walrus)」の項はかれが担当)。1920年にリーズ大学で英語学の講師となり、1925年にアングロサクソン語の教授としてオックスフォード大学へ戻った。1945年にはオックスフォードのマートン学寮に英語学および英文学の教授として移り、1959年に引退するまで教鞭を務めた。 トールキンは妻エディスとの間に4人の子供を儲けた。ジョン・フランシス(1917年11月16日)、マイケル・ヒラリー・ロウエル(1920年10月)、クリストファ・ロウエル(1924年11月21日)、そしてプリシラ・アン・ロウエル(1929年)である。 オクスフォードのWolvercote墓地にはトールキン夫妻の墓があり、中つ国の最も有名な恋物語の一つから、「ベレン」そして「ルーシエン」の名が刻まれている。
指輪物語 シルマリルの物語 農夫ジャイルズの冒険
旅の仲間 ホビットの冒険 仔犬のローヴァーの冒険
二つの塔 ビルボの別れの歌 サー・ガウェインと緑の騎士
王の帰還 終わらざりし物語 妖精物語の国へ
追補 妖精物語について
サンタクロースからの手紙
旅の仲間 ―指輪物語 1部 
The Fellowship of the Ring
contributor
KEN-G



〈上〉

〈下〉
  • 瀬田 貞二 訳
  • 評論社
  • 発行: 1992/05
  • ISBN:
    4-566-02354-0(1)
    4-566-02355-9(2)
  • A5判 / 404p(1) 358p(2)
 本書は半世紀にわたり世界中の人々が魅了された物語である。神話・民話を伝承文学とし、近代のファンタジーと線引きをするのであれば、本書は間違いなく、その間に存在する。この作品なくして、近代のファンタジーは存在しえなかったであろう。映像化不可能と言われた本作品が、愛読者の力により映画化されたことは記憶に新しい。

 物語は、中つ国はホビット庄からはじまる。そこに住まうホビット達は人間の大人の半分しか背丈がない。靴ははかず、皮の厚い毛の生えた足で野山を歩き回る。陽気で穏和で楽天的で1日6回の食事と、加えて週2回ぐらいごちそうの出るパーティーがあれば、標準的なホビットの暮らしといえる。
 そんなホビット達のくらすホビット庄に住むフロド・バギンズは、養父ビルボ・バギンズから一つの指輪を受け継ぐことになる。冒険好きでエルフや魔法使いと友人という、“標準的なホビットとして似つかわしくない”ビルボがかつての冒険で偶然手に入れたその指輪は、じつは魔法の指輪だった。魔法の呪縛に“うすく引き延ばされた”ビルボは、魔法使いガンダルフのすすめにより指輪をフロドに託し、エルフの隠れ里・裂け谷へと去っていく。

 ビルボの跡を継いだフロドは一見して“ホビットらしい“暮らしを送っていたが、徐々に指輪の魔力がホビット庄へ近づいていた・・・。

危険を察知したガンダルフのすすめで、フロドは村のはずれに居を移し、ホビット庄を離れる準備をする。しかし準備万端ととのってガンダルフと落ち合う約束の季節になっても彼は現れない。かわりに黒ずくめの騎馬が現れ、「バギンズ」を探し始める。フロドは年若い従弟にあたるメリーとピピン、そして忠実な庭師サムワイズとともにホビット庄を後にした・・・

RPGの普及によってファンタジーは世間に受け入れられ、また、ハリーポッターに代表されるファンタジー小説のブームにのった、いわゆるファンタジーなれした人であっても、本書を読むのには苦労するのではないのだろうか? 読者に提示される情報は、絵本に出てくるような平和でのどかなホビット庄で、どきどきするような冒険なんてかけらもない。しかし、そこに真綿でしめられるように不協和音が広がり出す。そしてフロドと仲間達は平和で居心地の良いホビット庄を旅立つ。外の世界で何が起こっているのか、自分たちがこれから何に巻き込まれていくのか全く想像せずに。

物語を読み始めたとき、読者はひとりの「まっとうなホビット」にすぎない。ホビット庄の外の世界なんて何にも知らないのだ。読み始めて最初に感じる難解さ、困難さは、旅立ってみてホビット達が初めて感じる、外の世界のありよう、過酷さの一部である。だが、ホビット達と読者は、途中一人の「大きい人」馳夫と知り合い、裂け谷へようやくたどり着いてはじめて平和なホビット庄の外で起きている世界の危機を知ることになる。

ここまできてホビットと読者はホビット庄の住人から、中つ国の住人となる。

ここから先の物語は、ここに至るまでの困難さにくらべ、旅そのものはさらに過酷となるにもかかわらず、ページを捲るスピードはどんどん加速していくことになる。しかしながら、詩編や歴史背景などは一読だけで読み切れないのは事実である。この物語は、ひとつの学問である。読み返し、研究するたびにあらたな理解に至ることが出来るものである。
二つの塔 ―指輪物語 2部 
The Tow Towers
contributor
KEN-G

上巻

下巻
  • 瀬田 貞二 訳
  • 評論社
  • 発行: 1992/05
  • ISBN:
    4-566-02354-0(1)
    4-566-02355-9(2)
  • A5判 / 404p(1) 358p(2)
 本書は半世紀にわたり世界中の人々が魅了された物語、その第2部にあたる。

ホビット族のフロドが養父ビルボから譲り受けた魔法の指輪は世界を支配するほどの魔力を秘めた冥王サウロンの力の指輪だった。
 かつての戦争で討ち滅ぼされたはずの冥王はいまやその力を徐々に取り戻し東の彼方暗黒の国モルドールから、中つ国を征服する準備をすすめていた。力の指輪の存在する限り冥王は滅びず。そして指輪を破壊するには指輪が生まれた場所、モルドールの火山、赤く溶けた岩が逆巻く“滅びの亀裂”のうちに投げ込む他はなかった。 とうてい実現不可能なこの任務へフロドは自らが指輪を運ぶことを決意する。それを助ける旅の仲間は、魔法使い灰色のガンダルフ、失われた人間の王の末裔アラゴルン、王無き国の戦士ボロミア、エルフ族の王子レゴラス、ドワーフ族のギムリ、そしてホビットから従弟メリー、ピピン、そして忠実な庭師サムワイズ。しかしながらその道半ばにしてあるものは奈落に消え、あるものは指輪の魔力により乱心し、結果、オークの襲撃をうけ仲間は離散し、第1部は幕を引いた。

本作では道を違えた旅の仲間達を、二つの物語として追いかける。オーク達にさらわれたメリーとピピンを救うため決死の追跡に走るアラゴルン、レゴラス、ギムリの3人の物語。やがてこれは裏切り者、賢者サルーマンと騎士国ローハンの民との戦さへと発展する。いまひとつは使命のため、モルドールへの過酷な道を孤独に進むフロドとサムの物語。二人はビルボより以前に指輪を所持し、身も心も醜く堕落させられたゴクリと出会い、彼を案内人として奇妙な、影の下を歩く旅を進む。それぞれの物語で、離散した旅の仲間達はそれぞれの活躍を見せていく。

 また中つ国のありようが少しばかりひもとかれ、新たな登場人物達が舞台を彩っていく。なかでも、ボロミアの実弟ファラミアと、騎士国ローハンの姫エオウィンはその人物像と葛藤とが印象深い。各々、二つの物語の主人公たちに出会い、影響を受け、選択したその行動は物語に奥行きを与える。特に後者は本作中唯一人間族の女性として活躍する人物で、神話上のAthenaやValkyrieを思わせる勇ましさと気高さ、純粋さを見せてくれる。

 タイトルに示される二つの塔は物語の舞台となるサルーマンの居城オルサンクと、モルドールの最前線ミナス・モルグルを指すと考えられる1)が、場面を違えた二つの物語が相並んで屹立することを象徴しているかにも捕らえられる。

 それぞれの物語の主人公達は思い悩み後悔する。
 「わたしのすることなすことみんな裏目に出る。」2)
 「わたしの選択はどれもうまくなかった」3)

 しかしながら彼らは立ち止まらない。自らを奮い立たせ、あるいは信頼する仲間の助けを得て、あるいは離ればなれになってしまった仲間を思い、時に軽口をたたきながら足を前に踏み出す。
 暗い、希望の光の少ない影に覆われた時代をひたむきに足掻きながら進んでいく。
 「途中で引っ返した者があったとしても、その連中のことはわからないでしょう。忘れられてしまったでしょうから。おらたちの聞くのは、ただそのまま道を続けた者たちのことですだ」4)
 アラゴルン達はいよいよ冥王との戦の最前線、アラゴルンが王として帰り着くべき場所ゴンドールへと向かう。フロドとサムはモルドール入国目前にしてゴクリの裏切りにあい危機に陥り第2部は締めくくられる。

 そして指輪を巡る戦いは、二つの物語がハーモニーを奏でるように調和しながら第3部へと続く。



1) サウロンが座す闇の塔バラド・ドゥーアを指すと言う説もあるようだ。
2) アラゴルン
3) フロド
4) サムワイズ
王の帰還 ―指輪物語 3部 
Return of the King



  • 瀬田 貞二 訳
  • 評論社
  • 発行: 1992/05
  • ISBN:
    4-566-02358-3(1)
    4-566-02359-1(2)
  • A5判 / 286p(1) 263p(2)
シルマリルの物語
The Silmarillion



amazon

bk1

The Silmarillion
  • 田中 明子
  • 評論社
  • 発行: 2003/05
  • ISBN: 4-566-02377-X
  • A5判 / 588 p
稀代の創作神話。
指輪物語の前史ともいうべき本。「指輪物語」の参考図書としてではなく、独立した物語として読んでも充分楽しめる。
アルダ(=地球)創世から指輪戦争までの歴史が描かれている。

トールキンがシルマリルの物語を1冊の本として書き上げた訳ではなく、トールキンの没後息子クリストファーが膨大な父の草稿や資料を編集したもの。
言語学者であったトールキンは自ら新しい言語を生み出し、その言語に生命を与えるべく世界を創り上げた。

ここにはシンダリン、クゥェンヤなどエルフ語も歴史の流れの中で変化・分岐して行く。中つ国の各所で名付けられた地名にも当時繁栄した種族の言語が色濃く残っている。まさに、現世で我々が目撃する歴史の姿そのままである。こうした細部に対するこだわりが、世代を越えて読み継がれ、何度読んでも倦むことのない要因の一つであろう。

2003年5月原書Second Editionからの翻訳として新版が発行された(参照:左上画像)、装丁・固有名詞表記方法等大幅な改訂が見られた。

 指輪物語の舞台である中つ国の神話と歴史を時代を遡り、伝承形式で綴られている。
ホビットの冒険
The Hobbit


  • 瀬田 貞二 訳
  • 岩波書店
  • 発行: 2002/12
  • ISBN:4-00-115679-2
  • B6判 / 447p
ビルボの別れの歌
Bilbo's Last Song (1974)


  • 脇 明子 訳
  • ポーリン・ベインズ 絵    
  • 岩波書店
  • 発行: 1991/11
  • ISBN:4-00-110613-2
  • B5判 / 31 p
終わらざりし物語
Unfinished Tales


上

下
  • クリストファ・トールキン編
  • 山下 なるや訳
  • 河出書房新社
  • 発行: 2003/12
  • ISBN:4-309-20396-5
  • A5判 / 368p
農夫ジャイルズの冒険 ―トールキン小作品



  • 吉田 新一
    猪熊 葉子
    早乙女 忠 訳
  • 評論社
  • 発行: 2002/02 
  • ISBN:4-566-02110-6 
  • 四六判 / 340p
仔犬のローヴァーの冒険
Roverandom



amazon

bk1
PB
  • 山本 史郎 訳
  • 原 書房
  • 発行: 1999/06 
  • ISBN:4-562-03205-7
  • 四六判 / 227p

子犬のローヴァーはある日路上でボール遊びをしていた。するとそこに老人が1人通りがかり、ローヴァーのボールを拾い上げた。
 ローヴァーは『お願いします』と言う言葉も無くボールから手を放せと唸るのだが、老人はローヴァーをからかおうとボールをポケットの中にしまい込む。
 それを見たローヴァーは老人のズボンに噛みついてしまう。
 怒った老人はローヴァーをオモチャの犬に変えてしまう…そう、老人はアルタクセルクセスと言う名の気難しい魔法使いだったのだ。

 オモチャにされたローヴァーは、店先に並べられ、あるお母さんに買われて行く。
 お母さんからローヴァーをプレゼントされた少年は大喜びだったが、ローヴァーは脱出の機会を伺っていた。
 ある時、少年がローヴァーをポケットに入れて浜辺に遊びに行った際、ローヴァーはポケットから落ちて見事脱出成功。
 少年はオモチャを失したことを悲しみ随分と探し廻るが、さて、ローヴァーはここから大冒険に出る。
 月や海底にまで旅をして、魔法使い、月の男や白い竜、そして海の王や人魚姫にも出会いながら、漸く自分をオモチャに変えてしまったあの魔法使いアルタクセルクセスに再会するのだが・・・。


一瞬瀬田貞二訳かと思わせるくらいよく似た雰囲気に訳出しているが、時々雑な単語が目につく辺りで、別人が訳出しているのだと確認できる(笑)
 まぁ訳のことは置いておき、如何にもトールキンらしい物語でニッコリできるのが良い。
 どことなく「ホビット」を彷彿とさせるストーリーで、何よりトールキン自筆の挿絵のステキなことったら!
 この物語はトールキンの息子のマイケルが4歳の頃、大事にしていた犬のオモチャを砂浜で遊んでいるときに失し、へこんでいる息子のために即興で話し聞かせたのが始まりだったとか。
 なるほど、砂浜でローヴァーをなくした少年はマイケル君だったのですね。
 いやぁ、こんな父親に育てられて、何と羨ましい!
サー・ガウェインと緑の騎士

  • 山本 史郎 訳
  • 原書房
  • 発行: 2003/02
  • ISBN:4-562-03605-2
  • 四六判 / 256p
妖精物語の国へ



  • 杉山 洋子 訳
  • 筑摩書房
  • 発行: 2003/05
  • ISBN:4-480-03830-2
  • 文庫 / 221p
 ミステリー好きな人がミステリーばかりを集めて紹介サイトを作るように、私もファンタジー(であろうと思うもの~<ではないと思っているものの世間に対する「擦り寄り」から取り上げたりはしているが>~)を扱っている。
 一般に小説や文学という広義ではファンタジーだのミステリーだのと括らなくてもよいが便宜上われわれは他のジャンルには無いある特徴的な条件を持つ物語がとりたてて面白いと感じる。
 その特徴的なものをファンタジーと呼んで区別する。

 相も変わらず読書好きだと自称する割にファンタジーはわからないと平気で口にする人がいるがミステリーはわからない、ラブロマンスはわからない、と言っているようなものである。文学の一ジャンルであるファンタジーをレベルが低いとまで発言する。認知度が低いということは理解できるのだが。
 第一、日本の馴染み伝承は優れたファンタジーの宝庫であるし、彼らが読んでいる本の中にはファンタジーに属するものがたくさんあるのに、である。
これらの発言は偏見、あるいは文学に対する理解の低さを自ら露呈しているに過ぎないと私は思っている。

 実はこの本、評論社の「妖精物語について」が長らく重版されなかった。その間に筑摩書房で若干中身と訳者を変えて発行したもの。評論社のオリジナル翻訳刊は昨年(2003)12月に再版された。
~目次
Ⅰ妖精物語について
Ⅱ神話を創る
Ⅲビュルトエルムの息子ビュルフトノスの帰還
 Ⅰについて
 「妖精物語」という言葉を使用しているが、ファンタジーと同義であると考えられる。
 これはファンタジーの定義と擁護のエッセイ。

 トールキンの趣味の反映である件も多様されているため、戸惑う箇所もあるにはあるが「スープの大鍋が物語りだとすると中身の材料に高位も低位も無い」という比喩は面白い。
 後世単純に魔法や剣や神や妖精、つまりこの世ならぬものが出てくる物語は全てファンタジーと括ってしまう様相が存在するが、それは配置された小道具の問題でしかない。
 不思議という世界をイマジネーションの翼で物語を編んでいく、それは全くの創造の産物であってもよいし、過去の歴史の一断面であってもよい。つまり実証したくても出来ない部分の不思議について英雄や怪物、あるいは神という形をとって(自らの作品には寓意性を否定するトールキンであるが、ここでは肯定的)否定ではなく、存在することを積極的に謳歌させようとするものであるという風に受け取ることが出来、私のそもそもの直感的定義が強ち間違いではないということを肯定されたようで、気分が良かった。

Ⅱについて
 少々難しい詩編のような塩梅になっている。敬虔なカトリック教徒であったトールキンの一面が伺える。

Ⅲについて
 非常に面白い。古英語で書かれた叙事詩「モールドンの戦い」、または「ベーオウルフ」を引用して形骸化した英雄物語や騎士道精神を批判している。
contributorLeon 

表題にもなっているエッセイの他に「神話を作る」(Mythopoeia)と「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノス」(The Homecoming of Beorthnoth Beorthelm's Son)を併録。

「妖精物語について」はファンタジー擁護論とも言えるもので、「言葉」にまで突っ込んで起源を解くのは言語学者である著者独特の論法で面白い。

ファンタジーについて語られるとき、必ずといって良いほど引き合いに出される「不信の自発的停止」(サミュエル・テイラー・コールリッジ)という考え方に疑問を投げかけているのだが、この部分には大きく頷いた。

読み手が物語世界に入り込むためには「不信の自発的停止」が必要としたコールリッジに対し、トールキンは同じ状態を「<準創造者>として成功したのだ」と言う。

プロの詩人であるコールリッジが読み手に努力を求めるいるのに対して、専門外のトールキンが創造の巧みさこそが重要であるとしているのは皮肉めいている。

また、<準創造者>として成功するための鍵として「形容詞」の重要性を指摘しているが、これを言語学者らしく自在に使いこなして成功した「指輪物語」の存在があればこそ説得力がある。

「神話を作る」は、トールキンがC.S.ルイスに宛てて送った書簡で、前後の文脈は判らないものの、ルイスが「神話と妖精物語は嘘だ」と言ったことに由来するとのこと。

創造主に似せて造られた人間が準創造を行うのは自然なことであるとするのはカソリックである著者らしい論法だが、神話を作るのが人間の能力だとすれば、「旧約聖書」との折り合いのつけ方が難しいのではないだろうか。

「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノス」は10世紀にヴァイキングとイングランドの間で起こった「モールドンの戦い」を素材にした戯曲的な叙事詩。

「アングロ・サクソン年代記」を物語風味に最話したものとも言えるが、英雄であるビュルフトノスその人ではなく、家臣にスポットライトを当てているのが興味深い。

「指輪物語」を読んでも感じられるが、トールキンは勇敢さよりも忠義心に心を動かされるタイプであったようだ。
妖精物語について


  • 猪熊 葉子 訳
  • 評論社
  • 発行: 2003/12 
  • ISBN:4-566-02111-4 
  • 四六判 / 230p
© Fantasia Lab. All Rights Reserved.
SEO無料ツール サイドビジネス