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ジェフリー・フォード Jeffrey Ford

シャルビューク夫人の肖像 | ガラスのなかの少女 |
白い果実 | 記憶の書 | 緑のヴェール |


 白い果実

The Physiognomy
白い果実

The Physiognomy

観相官という職業がある。 人の身体的特徴を観察・計測することによって能力・出生・性格や犯罪歴等々、あらゆる隠された事実を知ろうとする、 一種のプロファイラーである。
 主人公クレイはその冷徹な観相官の権威。 物語はこの男の一人称で語られる。

 世界は魔法を駆使し、同時に偉大な科学者でもある独裁者ドラクトン・ビロウの思念に拠って創られている。
 クレイはこのビロウの片腕だが、根底ではビロウに恐怖とドラッグによって逃れがたく支配されている。

 クレイはビロウの命により、盗まれた不死をもたらす「白い果実」を捜すため属領アナマソビアへと赴く。
 およそ知的活動とは無縁であるアナマソビアの中で、独学で観相学を学んだという美貌の娘アーラを助手にし、 村人を一人残らず観相することで、犯人を探しを開始する。
 だが、教会奥に眠るミイラを観相したことがきっかけで、絶対的に依拠していた己の理論にほころびが生じる。

 彼は観相能力を失う。
 権威を保持するために取り繕い続ける行動の結果、 彼は最も愛する者の、その愛した理由の所在そのものに傷をつける。

 属領での決定的な失敗によってクレイは罪人となって流刑地へ送り込まれることになるのだが、 そこはかつて、自分が観相することによって送り込まれた恩師らが苦役の果てに死んで行った場所でもあった。

 流刑地ドラリス島の採掘地、その熱気と硫黄の臭気の中で クレイは燃えるような呵責と内部に残る人間性に目覚めて行く。



REVIEW

結局のところ、冷徹非道な男が拠って立つものを喪失し、自己回復して行く物語なのであるが、クレイの内面変化の必然性が今一つ短絡的だ。
白い果実のもたらす何かによって弱化する支配者ビロウに関しても陳腐で物足りない。
しかし、それでも尚、精緻に作り込まれた人間関係や舞台世界の魅力に惹かれずにはいられないし、山尾悠子氏のリライトによる日本語は、ともすればジャンクな場面ですら硬質で冷たい空気感をもたらし、とても美しい。

青い鉱石となる坑夫。翼を持つ魔物。人狼となる少女。昼と夜の顔を持つ看守。ピアノを弾く自虐的かつ冷酷な猿…異形や常ならぬものでありながら、いくつかの人間のステロタイプにも取れる脇役を配する。
ビロウが創ったクリスタルのように色彩鮮やかかつ、多面的な意味を放ち、証されない楽園の存在を置き去りにして物語が終わる。

本書は3部作となっており、本書につづく 2部"Memoranda",3部"The Beyond"、何れもクレイが主人公のようだ。

  • 金原瑞人・谷垣暁美訳/山尾悠子 訳
  • 国書刊行会
  • 発行:2004/08
  • ISBN: 4-336-04637-9
  • 単行本/349p
  • 1998年度世界幻想文学大賞受賞

 記憶の書  おすすめ

Memoranda
rate-4

記憶の書

Memoranda

理想形態都市ウェルビルトシティが崩壊して数年、クレイはウィナウの村で薬草を売り、産婆などしながら暮らしていた。
 平穏な日々であった。
が、突然、金属の鳥が上空を飛び、ビロウの声で挨拶をし、爆発した。

人々は死んだように眠る病に冒された。手の施しようが無いことに悲嘆するクレイの元に忌まわしい形相の魔物が現れる。

魔物は治療薬の存在を示唆する。それは…ドラクトン・ビロウの記憶の中。
しかもビロウ自身も眠る病に冒されていたのだ。

魔物は「父」を救うために、クレイは村人の救済のために…ビロウの記憶への旅が始まる。


REVIEW
『父はもうひとつ、創ったんですよ』
『何を?』
『宮殿を。それも自分の頭の中に。見事な宮殿です。ひとつひとつの物が象徴的意味を担っているばかりか、その中には人までいて、それぞれの人がある概念を表しているのです。』

第一部はステキな企画から始まった。私は山尾悠子が好きだから、「白い果実」で好ましいと感じる文章の佇まいは山尾氏のリライトによるところ大きいと思っていた。だから、貞奴氏のリライトでは一体どんな雰囲気になってしまうのかと正直気が気ではなかった。
当用漢字外表記をわざわざ使用するのには、その言語が持つニュアンスやイメージの想起ためだろうと思うが、何故この言葉に当てるか不明なこだわりはあったが、特に第一部の雰囲気は損なわれておらず、ひと安心。

肝心の中身は前作より判り易いが第一部の収束地点がこれかとやや期待はずれの面も。だが、そこはジェフリー・フォード、意表を突く場面転換、想像力を刺激されっぱなしのプロット。前作同様息つく暇も与えないくらい愉しい。あっという間の2500円なので単位時間の値段は高い。流石である。しかも、こういった眩く、かつ入れ子な世界に没入するから読後の頭痛のおまけにつき。

ビロウの記憶にダイブするのだから、第一部で登場した人物やアイテムも現れる。動かずに噴水になっているアナスタシオや、(悪徳なビロウの内に存在するのだから当然だけれども)腐敗しても奇跡は起こせない「白い果実」など、笑える場面(私だけか?)ある。

愛の物語である、、と言ってしまえばお終いなんだが、この作品のメインテーマは表題通り「記憶」。
完成された記憶、、、というか意図的に再構築された一部の記憶というか。
 ドラクトンの内部でクレイは観念の女アノタイン(鉱物名みたいでカッコいい)に恋をして自らの手で喪失うことになる。概して恋愛は妄想と錯覚の産物で、結実されないものであればあるほど没頭するものと些か理解はしているので、こうした設定はありかもしれないと頷ける。クレイの言う所の『まるで死んだように』セックスをする件と、アノタイン自体がビロウが想像した美薬の象徴な訳で、欲する時の人間の渇きについては、全くもって苦笑する。
もう一つは、リスミックスのビロウに対する愛。 これも錯覚が生んだ産物。本来の生を乗り越え、あるいは忘却し、忌まわしい魔物が高潔な精神で親に対する愛情を持つ。

いずれにせよ、記憶のプロトコル修正を余儀なくさせられるのは、「生きのびる」ためということか。

すっかり善人になったにも関わらず、相変わらず薬漬けで私的には興味を失ってしまったクレイの物語より、ミスリックスの物語やアーラのその後を知りたい。
というか、どうも三部はミスリックスが主人公じゃないのか?(笑)

  • 金原瑞人・谷垣暁美訳/貞奴 訳
  • 国書刊行会
  • 発行:2007/01
  • ISBN: 978-4-336-04812-7
  • 単行本/336p

 緑のヴェール  おすすめ

The Beyond (2002)
rate-4

緑のヴェール

The Beyond
story<彼の地>へクレイとともに旅立った筈のリスミックス。いつの間にかリスミックスは崩壊した理想形態都市ウェルビルトシティに戻っていた。
彼は理想形態都市ウェルビルトシティの遺物を収集しては博物学的興味に没頭する毎日を過ごす。自由気ままな生活を送っているようではあったが、反面孤独でもあった。

ある日<彼の地>で別れたクレイに思いを馳せ、彼独特のやり方でクレイの身に起きたことを知ろうとする。知り得たクレイの状況を彼は物語として書き綴り始める。

その一方でウィナウから来た純粋で好奇心旺盛な少女との出会いをきっかけに町の人々と交流が始まる。魔物ではなく「人間」として接してもらおうと彼は努力し、信頼も勝ち得ていくのであるが、皮肉にもリスミックスの収集したあるもののために、既にウィナウでは伝説的英雄となっているクレイの生死にリスミックスが大きく関与しているという嫌疑がかけられる。

クレイは猟犬ウッドとともに<彼の地>を目指し過酷な旅を続けていた。魔物と戦い、飢えと寒さに耐えながら、声を発しない奇妙な民族との出会い、一縷の希望もなく壊滅へと突き進む部隊の傭兵となったり、生そのものを維持するために必死に、ただひたすらアーラへの呵責と緑のヴェールを握りしめながら<彼の地>を目指す。

ミスリックスの現実とクレイの物語は交差しながら、二人の<旅>の結末が現れる。


review二部読了後の予想通りリスミック視点(まさにリスミックが観想しているのだが)で物語は進んでいく。
良心の呵責に動かされクレイは旅を続けるが、魔物・飢餓・極寒に耐えながら、生死と隣り合わせで生き抜くクレイの姿は、もはや一部・二部のクレイではない。
アーラやアノタインとの自己中心的な恋ではなく、ひたむきで人間らしい愛情を得もする。美薬漬けのミスリックスの妄想なのか、現実なのか気になりながらもクレイの身の上を案じ、手に汗を握り、呼吸を止めて成り行きを見つめる…そんな感じで物語は進んでいく。

リスミックスの最後にはどんでん返しが用意されているが、結局彼が何をなしたのかという問いは明かされない。全て何が事実なのか…答えはない。

クレイの実態はない。しかし、妄想も続けていれば現実となるということか。残虐な魔物の本性を抱えつつ、つましさや勇敢さや、凡そ人が美徳と感じるものを妄想する…これもまた魔物の内側の映像でもある。

入れ子のような物語…三部を通してふと感じたことは、ドラクトン・ビロウが薄情な神なら、眼鏡をかけた魔物は人間かも知れない。そしてクレイの物語は欲求と葛藤と達成感の具現かも知れないと。
  • 金原瑞人・谷垣暁美訳/貞奴 訳
  • 国書刊行会
  • 発行:2008/06
  • ISBN:978-336-05028-1
  • 単行本/340p

 シャルビューク夫人の肖像 おすすめ

The Portrait of Mrs. Charbuque
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シャルビューク夫人の肖像

The Portrait of Mrs. Charbuque
story

19世紀末ニューヨーク。
新興成金ばかりのこの街の上流階級は画家を雇って肖像画をこぞって描かせていた。才能溢れた優秀な画家も生活を維持するために肖像画家に甘んじていた。ピアンボもそんな一人であった。
肖像画家として成功し、経済的にも不自由ない生活を送っていたものの、芸術家としての虚しさを感じていた時、ワトキンという奇妙な老人に仕事を持ち掛けられる。
依頼人は、シャルビューク夫人。
破格の報酬の条件は屏風の後ろから語る彼女の声と話しだけを頼りに彼女の肖像画を描くというもの。
ピアンボは想像力だけでどこまで真実を描ききれるか、自らを試すことに。

夫人が語る虚構とも事実ともとれる彼女の物語が進むに連れ、ピアンボの周辺には奇怪な事件が。

親友を失い、自らも命の危険に晒されながら、ピアンボはキャンバスにシャルビューク夫人を描き始める…。


review

シャルビューク夫人の語る物語…父が携わっていた結晶言語学、父の手伝いをする寡黙で純真な少女、双子の結晶、母の不幸な記憶…
読者もまたその想像力によって夫人のアウトラインをデッサンしていたのではないだろうか。

印象深く、重厚感ある雰囲気の中で進行して行く物語は、ピアンボの心理と同様、次第に熱を帯び、緊張感が漲る。空き家となったシャルビューク夫人の部屋の一室を覗き込んだ瞬間、それはピークを迎え、結末に向かってひた走る。

美しくて怖い、そして悲しい物語でもある。

まとまりのある作品で、万人受けしそうな気もするが、個性的な登場人物や夫人の語るエピソードは「白い果実」の作者であると頷ける。

想像をかきたてられるものは美しい。目に映るものが真実とは限らない。

  • 田中 一江 訳
  • ランダムハウス講談社
  • 発行:2006/07
  • ISBN: 4-270-00134-8
  • 単行本/445p
  • 世界幻想文学大賞ノミネート(2003)

 ガラスのなかの少女 

The Girl in the Glass (2005)
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ガラスのなかの少女

The Girl in the Glass
story

時は1932年。アメリカがバブルの絶頂から、国内に貧困が蔓延した暗い混乱の30年代初頭へと移行した時代。同時に1920年に始まった禁酒法を逆手にとって、ギャングや政治家、裏社会とつながりのある資産家たちも酒類の密造や密輸によって不法な金を儲けていた…そんな時代。

メキシコからの不法移民のディエゴは天才詐欺師のシェルに拾われ、巨漢のアントニーとともに、金持ち連中を相手に降霊会を催して金をしぼりとることを生業とする…詐欺師集団の一員として暮らしていた。

ある時、客の一人の娘が何者かに殺される。降霊会で偶然シェルが見た幽霊とも幻視ともつかないガラスの中に少女との出会いを契機に殺人者を突き止めるべく調査を始める…。


とことん楽しめるミステリー。
シェルを筆頭にウィットやユーモアに溢れた会話や詐欺っぷりのカッコよさも味があり、キャラクターも巨漢のアントニーのナイスガイな様子や、ディエゴの成長していく姿も温かみがあってステキだ。

さて、小気味良く、シェルの手さばき同様魅力的で華麗な文章の中に秘められた現実の暗部がある。…実在の地名や人名、また団体名も登場するのだが、中でもアメリカ優生学協会は実在のもの。ダベンポート博士も実在の人物。
この優生学思想というものを背景とした犯罪を軸にしている辺りがフォードのカッコよさ。

優生学が厄介であったのは、科学的でらしく思える点。
シェルのマジックもあたかも本物であるように見える点。このトリッキーな現実と虚構はまさにフォードマジック。

  • 田中 一江 訳
  • 早川書房
  • 発行:2007/02
  • ISBN:978-4-15-176801-9
  • 文庫/438p
  • アメリカ探偵作家クラブ賞受賞