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ロード・ダンセイニ Dunsany/Lord Dunsany

1944年2月23日 英ロンドンで生まれ。ロンドン大学卒。
1878-1957年 7月24日生まれ。
本名は"Edward John Moreton Drax Plunkett"
アイルランドの名門貴族に生まれ、12歳で爵位を継承。ダンセイニ城18代当主。Plunkett名はアイルランドに特有。
イートンなどのエリート校で学んだ後、従軍。第一次大戦で負傷し、以降、旅行・狩猟・チェス・クリケットなどの様々な分野で活躍。その一方で劇作の執筆を始め、風刺劇「きらめく門」でデビュー。1905年、短編集「ベガーナの神々」を発表、その後も神秘的・幻想的な作品を多く残し、20世紀の幻想文学に多大な影響を与えた。
日本にも稲垣足穂などダンセイニを絶賛する作家は多い。
かつて森鴎外、川端康成らが翻訳に携わったこともある。
参考サイト:http://www.dunsany.net/

世界の涯の物語 | ペガーナの神々 | エルフランドの王女 | エルフランドの王女 | 魔法の国の旅人 | 魔法使いの弟子 |


世界の涯の物語


  • 中野 善夫 他訳
  • 河出書房新社
  • 発行: 2004/05
  • ISBN: 4-309-46242-1
  • 文庫 / 373p

ペガーナの神々

The Gods of Pegana (1905)  Time & The Gods (1906)
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ダンセイニ処女作・二作目である短編集の合本。
ペガーナという異世界を舞台にした創作神話。
前半"The Gods of Pegana"はぺガーナの神々の紹介しながら世界の創造から終末までが描かれている。
 まだこの世がはじまらない前…<宿命フェイト>と<偶然チャンス>とが賽をふって勝負を決めたことがあった。…勝負に勝ったものは、マアナ=ユウド=スウシャイ(注:神々の創造主)のそばに近づき、こう話しかけた。
 「さあ、わしのために神々をつくってもらおう、わしは賽にふり勝ち、勝ちびとに渡されるものを手にいれたのだから」
 その賭けに勝ったのはだれで、…マアナ=ユウド=スウシャイに話しかけたものが<宿命フェイト>だったのか<偶然チャンス>だったのか--それを知っている者は、ひとりもいない--
この魔法の椅子に座らされるかのような一節は後半部分(2作目)でのエピソードにも繰り返されるモチーフ。
物語の構成は単純そうに見えるが流石のダンセイニ。処女作から巧い。
神々たちのエピソードも面白いが特に苦笑してしまうのは、予言者と予言者を仕立て上げる民の件。
後半"Time & The Gods"ではペガーナの神々と人間の間に生まれる憎しみと闘いが描かれている。

人智が踏み入ることのできない領域、これを便宜上「神の領域」と言ったりするが、 「時間」や「神の領域」といったものが、「埃が掻き乱された」ように、われわれの前を通り過ぎる…そんなうつろいを錬金術師よろしく流麗な文章で型にしていったという感じ。 エピファニーが降りて一気に書いた風体で、苦労の痕が見えないところがダンセイニ。やはりある種の天才なのだなと思う。
だが、期待していたよりは残滓は空虚。 空気感を愉しむ本。

少々風変わりで個性的なS.M.シームの挿絵(結構好き)は、昔のチープなアングラ芝居を見ているよう。
因みに『ペガーナの神々』を書いた、つまり作家となったきっかけは日本を題材にした奇妙な舞台を鑑賞したことによるそうだ(笑)
  • 荒俣 宏 訳
  • 早川書房
  • 発行: 1979/03
  • ISBN: 4-15-020005-X
  • 文庫 / 211p

 エルフランドの王女

The king of Elfland's Daughter
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エルフランドの王女
アールの郷の評定衆は自国を世界にとどろかせるために「魔を行う国主の治世を」望んだ。
国主は息子アルヴェリックにエルフランドの王女と結婚させるため一ふりの魔剣とともに旅立たせた。
アルヴェリックはエルフ王の追手から逃れ王女リゼラルを奪取、二人の間にはオリオンも生まれる。
しかし、人間社会の慣習や常識に縛り付けようとするアルヴェリックと良かれと思っての言動が全て裏目に出るリゼラルの間に、次第に不協和音が生じる。
孤独と郷愁に苛まれたリゼラルは、突然エルフランドへ帰ってしまう。
人間社会の常識に縛られていたアルヴェリックは、今度は狂ったようにリゼラルを求めるためにエルフランドを探し回るが十数年経っても見つけることはできなった。
両親不在の中、二人の息子オリオンはエルフの血が流れていることから、容易に人間社会とエルフランドの垣根を越えることが出来、ある日トロールと出会う。
そのトロールとは…。

有名になりたい、あるいは無いものを得たい、そのために「魔」を渇望する十二人の評定衆とアルヴェリック。
しかし渇望する余り、結局は「魔」に取り込まれ、忘却の中に置き去りにされる。
単純に夢物語のハッピーエンドではなく、嫉妬や猜疑、身勝手な欲望が渦巻いているのだが、ダンセイニの流麗な文章で目隠しされているといった感じ。
ダンセイニの作品には美しいけれど適応出来ないものが多く出てくる。
常識は適応できないものを認知しようとしない。失われて初めて自らも適応していないことに気付くという場面が頻出する。
  • 原 葵 訳
  • 沖積社

 魔法の国の旅人

The Travel Tales of Mr. Joseph Jorkens
The Fourth Book of Jokens
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ハヤカワFT文庫創刊25周年記念で今年10月31日に重版。
"The Travel Tales of Mr. Joseph Jorkens"(1931)
"The Fourth Book of Jokens"(1948)からの数編が収録されている。
ジョーキンズという男が一杯のおごり酒の報酬に自らの旅の浮き世離れした回想を皆に聞かせた内容を、ダンセイニの分身(?)が書き留めたという設定の物語集。
<プロローグ>
ジョーキンズのダンセイニの分身(?)との出会い。
<ジョーキンズの奥方>
 ジョーキンズがとある港町のホテルで見せ物になっていた人魚を盗み、結婚。しかし、現実の生活は…。
<柳の森の魔女>
 神秘的結婚生活に破綻したジョーキンズが神秘を懐かしみ求めていると、マーリンズ・ウッドで魔女に出くわす。
<妖精の黄金>
 アイルランドのマンスターの沼地。虹と黄金の宝つぼ、その横に座るレプラコーンを見つける。黄金のつぼを手に入れようと近隣から鋤を借り掘り出そうとするが…。
<大きなダイヤモンド>
 巨大隕石落下の噂を聞きつけ、隕石探索にエスキモーの土地に行く。石炭層に衝突したと思われる隕石の後エスキモーたちと追っているが、野営地で地面が「冷たすぎる」のを理由に引き返すエスキモー。ジョーキンズは一人冷たすぎる大地の上で朝を迎える。雪は溶け、一面に氷になっていた。スケート靴に履き替え、探索を続けると…。
<最後の野牛>
クマの狩猟の途中、前地質時代から生き延びた一対の野牛夫婦と遭遇。この一組がこの種の最後だったらしい。雄牛は角をマズイ方向に向け始める。絶滅種にさせるか否か、ジョーキンズの判断に委ねれ…。
<クラコヴリッツの聖なる都>
 中近東。山羊飼いの純朴な若者が見たこともない都の蜃気楼を見た。若者は僅か20分の東方の都を映し出した蜃気楼に心を奪われ、神聖さを感じ始める。それは天国のイメージであった。行ける所まで行こうと丘を駆け上ってみるが、自然公園の壁に阻まれた。自然公園は山羊は入れられない。感動は収まらず、そのことを里の人々に説いて回るうちに「天国を見れるには善良な人間のみ」と言い、純朴で熱中しやすい人々は遂に神の宮居に入れないのは政府が悪いと暴動へ発展。いつしか若者は国王になり、蜃気楼で見た東方の建物とそっくりの宮殿を造る。…この話をジョーキンズが話したことはあながち嘘とは言い切れず、東方総督であったダンセイニの分身(?)の友人が、悪の巣窟であったある町を焼き払ったが、帰国途中、クラコヴリッツの丘にそっくりの建物があったと回想する。
<ラメセスの姫君>
 カイロ博物館にある王女の棺にはぼろ布しか入っていなかった理由を探しにエジプトへ行く。怪しげな男と遭遇し、夜、ピラミッドの横で円陣を描き粉末を蒔く…すると煙の中から一人の女性が…。
<ジャートン病>
 ジャートンというビジネスマンは病気を発明した。それは気の病。想像力が生かしも殺しもするという病気。しかし当のジャーマンは、その研究がもとで…。
<電気王>
 ジョーキンズがアメリカにいた頃、億万長者の電気王にインタヴューする機会があった。彼は「自分自身を完璧に管理することが出来る」ことを証明するために起こした訴訟によって有名になった。しかしこの男、神経症に悩んでいた。
<われらが遠いいとこたち>
 ジョーキンズの友人ターナーが語る。1924年火星が地球に最も接近した年(2003年は記録更新)、彼は気ケトリング飛行場を飛び立ち、火星に行ったというお話。
<ビリヤード・クラブの戦略討議>
 ある夏のロンドンのアパートメントのフラットでジョーキンズはとある霊媒師と降霊をした。現れた霊は「原爆を持ったいた」という。使えぬままに死んだことが悔やまれたために戦争が起き…。

日常生活に潜むファンタジーの何たるかを軽妙・滑稽に表現するダンセイニの筆力は流石の二文字。
クラブでの聴衆は「ほら話」と思いつつも、次第に現実感を伴って話しに引きづりこまれ、一喜一憂する、あるいは端から相手にしない、そんな姿は、まさに幻想文学を取り巻く読者の実の姿。
「電気王」とともに「われらが遠いいとこたち」が収録中最も面白かった。
contributor Leon rate-3
”わたし”が知人に紹介されたロンドンの片隅にある小さなクラブでは、ジョーキンズという馴染みの客から奇妙な話を聞けるという。
狩猟や政治、科学や戦争などが語られる、ひっそりとしたそのクラブで、ジョーキンズだけはいつもホラ話を披露するのだ。

しかし、当のジョーキンズ自身は自分の話は全て真実だと言って譲らない。

ホラ話であろうが真実であろうが、クラブの他のメンバーに(そして我々読者にも)実害があるわけでなし、まずは拝聴、拝聴・・・

ダンセイニの作家活動後期から晩年に渡って書き綴られた、ユーモア短編集。

ロシアの北方にある石炭の露出層が、衝突した隕石によって全てダイヤモンドになったという話や、プロペラ機で大接近時の火星に飛行した話など、ミュンヒハウゼン(ホラ吹き)男爵の冒険談を思わせるようなエピソードばかりなのだが、いわゆる”オチ”があって楽しい。

法螺、嘘、虚言。

辞書を引けば、どれをとっても良い意味は見つからないだろうが、文学作品の多くはフィクション(虚構)で成り立っており、ファンタジーはその中でも源流に位置するもの。

本書の中で、ジョーキンズの話を記録したとされている”わたし”は、決してジョーキンズをホラ吹きとは断定せず、逆に彼の話を聞くことを大きな愉しみと考えている。

ダンセイニが自身を投影したと思われるこの”わたし”は、「エルフランドの女王」などの異世界を扱った幻想文学とは違った形で”フィクションの効用”を教えてくれているような気がした。

しかし、ダンセイニを特徴付けている幽玄な雰囲気をもった長編群とはかなり赴きを異にしているため、その類を求めている人にとっては肩すかしな作品でもある。
  • 荒俣 宏 訳
  • 早川書房
  • 発行 
  • ISBN:

 魔法使いの弟子

The Charwoman's Shadow
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「魔法使いの弟子」というとゲーテか、ポール・デュカスの交響詩かという感じだが、本書の原題は"The Charwoman's Shadow"。

舞台はスペイン。辺境没落領主の息子である主人公は、親の期待を背負い、錬金術を修得すべく魔法使いに弟子入りするのだが、魔法使いは術の教授代として弟子の「影」要求する。
魔法使いの屋敷には既に影を影を束縛された掃除女が住んでいた。彼女の忠告に耳を傾けつつも、人の善い弟子は家族を思い、代価である影を渡してしまう。代わりに偽の影を与えられるのだが…。

魔法使いと弟子の緊張感溢れる会話、領土を存続させるためとはいえ卑俗な欲にかられる主人公の家族、異端に対する民衆の愚直な反応など、いづれもどこかしらコミカルな要素を含んでいるのだが、苦笑いさえさせない筆致はダンセイニの魔法。
美しい情景描写の中、影を囚われた掃除女と主人公のどこかおとぎ話を思わせるような騎士道的な関係が展開していく。
ラストシーンの美しさは秀逸。
  • 荒俣 宏 訳
  • 筑摩書房
  • ISBN: 4-06-207463-X
  • 文庫